僕がアメリカに留学していた1994年頃
まだインターネットもないし
Eメールも普及していなかったし、
もちろんLINEもなかった。
日本の家族や友人と連絡を取るには、
手紙を書くか、国際電話をかけるか。
電話代も高いから、
話す内容を考えて、
最安のプリペイドカードを買って
1ヶ月に1時間が限度。
限られた時間の中で近況を伝え合っていた。
今思えば、
とんでもなく不便な時代だった。
テレビ電話なんてもちろんない。
1年ぶりに帰国したら、
「あれ?親、少し老けたな」
なんて思ったりもして(笑)
ちょっと会うのが怖かったり。
今みたいに、SNSで最近の写真なんて
みんなが公開してる時代じゃないからね。
今では考えられないことだけど。
それがいまは
世界中の人と、
顔を見ながら無料で話せる。
写真も動画も瞬時に届く。
AIに翻訳してもらえば、
言葉の壁すら低くなった。
(留学した意味あったけ??(笑))
冷静に考えたら、
昔の僕から見たら魔法みたいな世界。
そういえば、LINEが出てきた頃。
僕はかなり警戒していた。
個人情報を抜かれるんじゃないか。
監視されるんじゃないか。
なんだか怪しい。
そんなふうに思って、
しばらく使わなかった。
でも今はどうだろう。
LINEなしの生活なんて、
正直想像もできない(爆笑)
便利だから使うようになったというより、
社会そのものが変わった。
そして、ふと思うのが
たぶん今、
AIも同じ場所にいる。
危険だと言う人もいる。
反対する人もいる。
もちろん、それも大切な視点だと思う。
立ち止まることも必要だ。
時には、
「それ本当に大丈夫?」
と問いかける人も必要だと思う。
でも一方で、
歴史を振り返ると、
電話も、
インターネットも、
スマートフォンも、
結局は社会に定着していった。
ということは
技術の進化そのものと戦うより、
その技術をどう使うか!
その進化とどう共存すれば、さらに人々が
幸せになりハッピーになれるかを真剣に考える
そっちのエネルギーに使った方が、
もしかしたら賢いのかもしれない。
AIをどう平和利用するか。
どう命を尊ぶ方向に使うか。
どう人を幸せにするために使うか。
そちらの方が大切なのではないか。
もちろん、
自然も大事。
伝統も大事。
でも同時に、
AIも使える。
テクノロジーも使える。
自然か人工か。
伝統か革新か。
どちらかを選ぶ必要はないのかもしれない。
1番いいのは、
どちらかを否定することではなく、
共存!!(微生物の世界と同じ?!)
伝統を守りながら進化する。
自然を大切にしながら技術を使う。
発酵文化を守りながら、
AIで世界に届ける。
だって現実問題、
もう文通中心の生活には戻れない(笑)
戻りたいとも思わない。
だからこそ、
進化を止めることではなく、
進化に魂を入れること。
それがこれからの時代、
そして僕自身の、そして人間社会全体のテーマなのかもしれない。
テクノロジーを否定するのではなく、
命を尊ぶ方向へ導くこと。
進化に魂を入れる。
それができたら、
未来は案外悪くないかも?と思ってきた。