命は守るものではなく、全うするもの

命を最優先にすることは、
死を遠ざけることだけじゃない。

むしろ、

限りある命を、どう尊び、どう使い切るか。

腸活と断食を伝え始めて18年。

バイオライフを推奨して18年。

健康で長生きは、もちろん大切。
病気にならないことも、体を整えることも、食を整えることも大切。

でも、それがいつの間にか
「死なないため」
「老いないため」
「失わないため」
になりすぎると

根っこに“死への恐れ”が生えてきてる気がする。

 

それは、一見すると

命を大切にしているようで

本当は命を怖がっている状態なのではないかと。

本当の意味で命を大切にするって、

いつか終わるからこそ、今日を粗末にしない。
限りがあるからこそ、愛おしい。
死があるからこそ、生が輝く。

ということなんだと思う。

無理にいつまでも、肉体を持つことに

こだわることが

命最優先の考えとは思えない。

 

侍の美学にも通ずる気がする。

彼らは決して

死を軽く見ていたわけじゃなくて

命の尊さをわかっていたからこそ、
「何のために生きるか」
「何のために命を使うか」
を問うていた。

死を恐れないというより、
死を人生の外側に追いやらず

生と死を分けずに、
循環の中で見ていた。

これこそが

今の現代人がいちばん見失っているところかもしれない。

死を怖いもの、遠ざけるもの、悲しいもの、考えないほうが良いもの、のように扱う。

結果

生きることまでどこか不自然になる。

健康も、
美容も、
お金も、
成功も、
安全も

全部が「失わないため」の戦いになってしまう。

でも本当は、
命は守るためだけにあるんじゃない。

命は、全うするためにある。

命を最優先に生きるとは、
死を恐れて長く生きることではなく、
限りある命を尊び、今日を悔いなく生きること。

そして、

健康は、死を避けるためだけのものではなく、
命をちゃんと使い切るための土台。

健康で長生きしたい。
でもそれは、ただ長く存在するためのものではなく

愛するため。
働くため。
守るため。
創るため。
伝えるため。
命を使うため。

つまり、

長生きが目的ではなく、
命を全うするために、健康がある。

すごく

何かが

すとんと

着地した気がする。