世界が変わるヒントは、食卓にある。

世界をつくっているのは、脳じゃなくて腸?

 

今日、おかんとテレビを見ながら

犯罪者とか、ストーカーとか、

そういう話をしていた。

 

そして、あらためて思った。

人間の脳って、

ほんとうに厄介だなと。

 

放っておくと、

ろくでもないことを考える。

 

まだ起きてもいないことを妄想したり、

人を疑ったり、

誰かに執着したり、

比較したり、

支配したくなったり。

 

文明をつくってきたのも脳なら、

人間をいちばんややこしくしているのも

脳なのかもしれない。

 

でも、その一方で

腸はどうだろう。

 

腸は、今日も黙って

消化して、吸収して、排泄して、

命を維持している。

 

腸内細菌たちも

誰かを蹴落とそうとか、

恨んでやろうとか、

支配してやろうとか、

そんなことは一切考えていない。

 

ただひたすら、

分解して、循環して、

全体が生きるように働いている。

 

この差は、なんだろう。

 

脳は暴走する。

腸は循環する。

 

もちろん、

脳が悪いと言いたいわけじゃない。

脳があるから、

人間は考え、学び、創造し、追求し、

言葉を持ち、文化を築いてきた。

 

でも同時に、

脳は“そういう構造”の装置でもある。

考える装置。

シミュレーションする装置。

危険を予測する装置。

執着し、比較し、妄想する装置。

 

ある意味、

そういうコンピューターだから

暴走すること自体は

仕方のないことなのかもしれない。

 

ただ、ここで思うのだ。

暴走することそのものは

脳の性質としてあったとしても、

「どう暴走するか」

「どこへ向かうか」

それを決めているのは

腸なんじゃないか、と。

 

腸脳相関って言葉がある。

脳と腸はつながっている、という話。

 

でも僕はこの言葉が

一般的になるずっと前から、

それを現場で感じていた。

 

僕が酵素断食やローフードを

仕事にするようになって、

しばらくしてからかな。

ある時、はっきり気づいた。

 

食いもんで、性格が違う。

 

当時はまだ、

“腸脳相関”なんて言葉は

ほとんど聞かなかった。

 

でも、

明らかだった。

 

食いもんで変わるのは、

体調だけじゃない。

表情が変わる。

言葉が変わる。

反応が変わる。

性格みたいなものまで変わる。

イライラしていた人が

穏やかになったり、

ネガティブだった人が

前向きになったり、

落ち着かなかった人が

少しずつ安定してきたり。

 

もちろん、

全部が食だけで決まるわけじゃない。

環境もある。

経験もある。

育ちもある。

トラウマもあるかもしれない。

でも、

それらを踏まえたうえでもなお、

無視できないくらい

食は人の性格や生き方、

考え方に大きく影響していた。

 

最初は、気のせいかとも思った。

でも、

何百人も、何千人も見ていくうちに

もう否定できなくなった。

ああ、これ絶対あるな、と。

 

つまり、

性格って

生まれつきだけで決まるものでも、

根性だけで変わるものでもなくて、

日々、何を食べているかで

かなり左右されるものなんじゃないか。

そう思うようになった。

夫婦の顔つきが似てくるのも

その影響もあるんじゃないかと。

 

今なら、

腸脳相関とか、

神経伝達物質とか、

セロトニンとか、

いろんな説明もつくのだろう。

でも、

そんな言葉を知らなかった頃から

現場では確実に起きていた。

 

てことは

 

世の中をつくっているのは、

脳じゃなくて

腸なのかもしれない。

 

脳はあくまで装置。

でも、腸は司令塔。

 

腸の状態が変われば

思考の質が変わる。

思考の質が変われば

受け取り方が変わる。

受け取り方が変われば

言葉が変わる。

言葉が変われば

行動が変わる。

行動が変われば

人生が変わる。

人生が変われば

家族が変わる。

家族が変われば

社会が変わる。

 

そう考えると、

世界をつくっているのは

やっぱり腸なのかもしれない。

そしてその腸に

もっとも大きな影響を与えるのが

 

何を食べるか。

どう食べるか。

どんな気持ちで食べるか。

その積み重ねが

腸を変え、

思考を変え、

人を変え、

世界を変えていく。

 

だから僕は、

食の仕事をしている。

料理が得意だから、

とか

健康オタクだから、

とか

そういうことではなくて、

もっと根っこのところで

食が、人の“在り方”そのものを

左右していると知ってしまったからだ。

 

脳に直接

「もっと前向きになりなさい」

「もっと優しくなりなさい」

「もっと落ち着きなさい」

そう言っても、

なかなか変わらない。

 

でも、

腸の状態が整うと

人は不思議なくらい

自然に変わっていく。

無理やりじゃない。

説教でもない。

努力だけでもない。

もっと自然に、

もっと本能的に、

もっと命に近いところから

変わっていく。

 

だから、

人が変わるには

まず食を見直したほうがいい。

思考を整えたいなら

まず腸を整えたほうがいい。

社会をよくしたいなら

まず食の土台を見直したほうがいい。

遠回りに見えるけど、

実はそれがいちばん近い。

 

神さまが

暴走する脳と、

黙って循環する腸、

この対極を

人間の中に置いたのには

きっと意味がある。

 

考えすぎて壊れていく人間に、

「頭だけで生きるな」

「命の現場に戻れ」

「循環を思い出せ」

そう伝えるためだったのかもしれない。

 

脳みそは、

ときに悪いことまで発明する。

でも腸ミソは、

今日も生命維持と循環しかしていない。

 

そう思うと、

人間が本当に学ぶべき先生は

頭のいい誰かではなく、

もしかしたら

自分の腸の中にいるのかもしれない。

 

食は、

体をつくるだけじゃない。

心をつくる。

思考をつくる。

性格をつくる。

人生をつくる。

 

つまり

世界をつくっている

張本人なのかもしれない。

 

脳を変えるには、腸を整える

腸を整えたければ、食を整える

 

世界が変わるためのヒントは

我々の食卓

に全てあるのかもしれない

ですね😆