その「ありのまま」は本当に「ありのまま?」

気づきって、日々の生活の中で

多かれ少なかれ、あるものだとは思うけれど

 

今日のは、ぶっちゃげめちゃめちゃでかかった。

 

多分、この20年で最大のきづき。

 

もしかして僕は

いつからか、「ちょい悪な自分」を演じていたのかもしれない。

 

しかもやっかいなのは、

自分ではずっと

 

それが“ありのままの自分”のつもりだったことだ。

 

しつこいようだけど、僕のハートは

13歳のころから、いつだって尾崎豊さん❤️

 

反骨とか、尖りとか、

孤独とか、ちょっと危うい感じとか、

そういう成分が自分の中に本当にあった時期はあったと思う。

 

だから昔は、それが嘘だったわけじゃないし

それを糧に、その葛藤を糧にして

それをエネルギーに変えてこそ

前に進めた自分がいたのも事実。

 

しかし

どこかの時点から、

中身は少しずつ変わっていたのに(だってもう48歳ですからねw)

 

見せ方だけが昔のまま残っていたのかもしれない。

 

ありのままのつもりで、

実は“昔の自分の衣装”を着続けていた。

そう思ったら、いろんなことが一気につながった。

 

もし尾崎豊が48歳まで生きていたら

どういう48歳だったのだろうか。

 

27歳の尾崎にしか出せない色があった。

あの叫びも、反抗も、痛みも、本物だったと思う。

でも、もしそのまま生き続けていたら、

同じ魂の純度を持ちながらも、

きっと違う色を出していたはずだ。

 

それを想像した時、

ああ、自分も同じだよなって。

 

昔の魂を捨てるんじゃない。

昔の自分を裏切るんでもない。

ただ、今の自分に合う表現方法に、ちゃんと着替える時が来たんだと思う。

 

その表現方法、今の自分に合ってるか?

という話。

 

今の自分は、たぶんもう、

昔みたいに反発や葛藤を燃料にして進むだけの時期ではない。

 

もっと知恵を前に出していいし

もっとやさしさを出してもいいし

もっと品を持っていい。

 

そのほうが、人にも伝わるし、

なにより自分自身が無理をしなくてすむのかも?!と。

 

ナーンて話を、15年来の友人としていたら

 

あれれ???

僕って、実は

全然ちょい悪でも、チャラくもないよね??(笑)みたいなことになり

15年来の友人も

 

ほんまやん、あたしまで騙されてたwww と。

 

むしろ、

真面目で、

繊細で、

不器用で、

結構深いらしく

 

ちょい悪っぽさは、実はすべて

照れ隠しとか、防衛とか、

ある時期の美学だったのかもしれない。

 

でも、もうそれを無理して着ていなくていいよね。

 

もしかして、48歳なのに

まだ学ラン着てたのかも??と思ったら

 

似合わないどころか

めっちゃ時代遅れの痛いやつじゃんwww

 

とかいう話になって

二人で大爆笑(笑)

 

そんなわけで

今日はLINEのアイコン写真も

Facebookの写真も全部変えた。

 

小さなことだけど、自分の中ではかなり大きい。

それは単なるアイコン変更じゃなくて、

これからどんな器で立っていくかを、自分で決め直したということだから。

 

ちょい悪ベジ男を卒業して、

ここから少しずつ、

いまの「ありのままの自分」で表現して行こうと思う。

 

無理に

キャラを作るんじゃなくて

無理に

今までのイメージへの期待に答えるでもなく

 

シンプルに

いまのまんまの自分。

 

「ありのままでいいじゃん」

 

って人には100万回アドバイスしていた自分自身が

 

1番、ありのままから遠かったかもしれないという

ことに気がついてしまった

 

大激震な1日でした。

 

全ては畑の上での気づき。

 

大地とつながると

必要なときに、必要な気づきも起こるのかも?!