動き出した時間

今だから、正直に書けます。

ここ数年、
ずっと動けなかった。

何かをやろうと思えば、
やれることはいくらでもあった。

経験も、肩書きも、
過去の成功パターンも、
人並みにはないわけではなかった。

でも

ぼくの正直な身体だけが
どうしても動かなかった。

怠けていたのとも
逃げていたのとも
迷っていたのとも
怖かったのとも
ちょっと違う。

ただ、

今までと同じことは、もうできない。

それを、
魂が知ってしまっていたから。

2020年以降。

コロナパンデミックを皮切りに、
よくも悪くも、
世の中も、人々の価値観も、生き方も、
大きく変わった。

何を信じるか。
誰の言葉を聞くか。
どう生きるか。

正解が崩れると同時に、
また、

正解を掲げる人たちも、
一気に増えた。

僕は、
そのいずれにも立てなかった。

正確に言うと、

立てなかったのではなく、
立たなかった。

一応ぼくも、
会社を15年経営している、
端くれなりにもビジネスマンだ。

東京で経営していたローフードレストランを
クローズしてからも、

移住先の愛知で、
ドッグカフェをOPENし、
カフェでプチ講座をやったり、
Zoomでのセミナーも開催し続けた。

一応、
最低限のことは、やってきた。

でも、
新しく人と出会うための試みだけは、
完全に止まっていた。

それはなぜか。

慎重だったからでも、
準備不足だったからでもない。

同じことを繰り返したくなかった、
のではなく、

同じことは、もう繰り返せない
と分かっていたから。

だから、
ずっと模索していた。

ずっとずっと、模索し続けた。

農業をしているときも、
いつもいつも、
考えていた。

何かを始めるためじゃなく、
嘘にならない形を、待っていた。

なぜなら、
それが分からないまま
新しい人に出会ってしまうと、

僕もまた迷い、
過去に引きずられ、

そして相手も迷わせ、
油断すればすぐに、
過去のロジックを
当てはめてしまうだろうから。

僕の目指す世界観。

いや、
僕の目に、
すでに15年以上前から
はっきりと見えていた世界観。

それは、

教えない。
無理に導かない。
やらせない。
憧れを作らない。

ただ、
その人が、
自分で答えを思い出せるように、
場を整える。

気づけば、
それはずっと、
やってきたことでもあった。

そして今日、
はっきりと分かった。

すべては、そのための時間だった。

止まっていた時間も、
遠回りも、
何も決まらなかった日々も。

無駄ではなく、
失敗でもなく、
空白でもなかった。

必要な時間だった。

今日は、
何かを始める日ではない。

でも、ぼくの心がはっきりと
立ち上がった日ではある。

詳細は、まだ書かない。
告知もしない。
説明もしない。

ただ、
ここに立った、という事実だけを、
自分のために書き記している。

それで、今日は十分。

なにより、

こうやって思い付きを、
すぐに残せる

たった数十分で作った

この超かざりっけのない、
純白の自分の公式サイト。

そして、このブログを
「俺のアカシックレコード」
と命名した自分を、

今年になって、いちばん
すごいと思った日。

……あ、
今年になって、まだ1日だけど(笑)