今から約52年前
東京の合唱団で出会った
うちの両親。
実はね。
うちの母には
当時
いい感じの婚約者が
すでにいたらしい。
周辺のうわさによると
条件も、安定も、
そっちのほうが
「正解」だったらしい(笑)
でも
最終的に母が選んだのは、
僕の父。
見た目も何もかも
まるでタイプではなかったそうだが
父のラブレターの文才(?)に
一発KOでやられたからだそうだ😆
どこまでが
本当なのかは分からない。
でも、なんだか
すごく父らしい。
もし、
その手紙がなかったら
もし、
その言葉が響かなかったら
僕は
たぶん
いや
確実に
いま地球にいない🌏
そう考えると
人生って本当に不思議だ。
こうして日々
文章を書くこと
そして
また音楽の世界に
引き戻されていること
それは努力とか選択というより
もっと、ずっとずっと前から
決まっていた何か
流れみたいなものなのかもしれない。
父の言葉に
母が動いたように
僕もまた、
言葉や音に
動かされている。
いや、
導かれているというより
戻されている、が近い表現かもしれない。
このDNAには、やはり
2人の何かしらが
入ってる気はしてる。
当たり前か(笑)
そう言われれば
昔から
たまに言ってくれる人がいる。
「あなたの言葉に、救われました」
と。
説得したわけでも
何かを教えたわけでもなく、
多少、
モテたいと思ったくらいだが(笑)
言われて
嫌な気はしない。
たぶん
僕は何かの
橋渡しをしただけ。
お役目とか
そんな立派な話じゃなくて
でも
その人に何かを
繋げられていたのなら
素直に嬉しい。
まあ
だからどうした、
って話なんだけど。
でも
そうとでも思わないと
最近の
・ドラムを叩きたくなる衝動
・歌を作りたくなる衝動
・文章を書きたくなる衝動
これらの説明が
つかない(笑)
すべてのことに
意味なんて
ないのかもしれないけど
すべてのことに
意味があると考えてみたほうが、
人生が推理小説みたいで
楽しいのだけは
確かだと思ってる。
偶然か。
必然か。
よく色んな人が
色んなところで
話題にあげる。
真実は
分からないけど、
答えはたぶん
それすら
自分で決めてるだけ。
自分の視座から
どう映るか
ただそれだけ。
続。