ダメ経営論④ 何も起きていない時間に起きていること

僕が経営を学ばせて頂いた方が、
いつもおっしゃっていた。

育ちたい奴が育つだけ
やる理由がある奴がやるだけ

もうね

そのとーーーり。

ぐうの音も出ない。
宇宙の真理。

 

以上。
終了だべ(笑)

 

あ、
連載終わっちゃいますね(笑)

でも、
人生も経営も続くので。

真理は以上なんだけど、
もう少しだけ続けます。

 

ぼくが嫌い・・・というか
ちょっとたまに違和感なワード。

それが

人材育成。

へそまがり?
はい。たぶん。

でも

なんか
「育てよう」ということ自体が
おこがましすぎて。

共に育つ、共育ならわかるけど、
育成って……

いやあ、もちろん
必要な場面が多いのも確かなんだけど

よほど気をつけないと

育てる側が正しくて正解で
育てられる人が下

みたいな構図に

いとも簡単に陥るやつ。

そして、
気がつくと

新しい可能性の芽を摘む。

あ、脱線しました。
戻ります。

 

つくづく見てて思う。

人は
育てようとした瞬間
育たなくなる。

畑と同じで、
勝手に育っちゃうくらいの
土壌(育ちやすい環境)を用意すると

育ちたい奴は育つ。

それを見ていた人たちも、
つられて
育とうとし始める

みたいな。

 

苗でも野菜でも
構いすぎると、
結果、弱らせる。

そして、

目を離すと
死んどる(笑)

 

仕事のできる人は、
つい手を出しがち。

おかげで、
場は回る。

でも、あとで気づく。

 

あれ?

誰も育ってない。

 

ふと思ったことがある。

実は

何も起きていない(ように見える)時間に
実は「一番大切なことが」起きているのかも。。

と。

冬の間の、作物がない時の土壌の中で
微生物たち(見えないけど)が
次の作物のための土壌を調えてるように。

なにも動いてない(ように見える)時間。
沈黙が流れている(ように見える)時間。
ちょっと気まずい(ように感じる)時間。

一見、
何も起きていないように見える。

でも、その裏では起きている。

・考えている人がいる
・様子を見ている人がいる
・「自分がやるべきか」を迷っている人がいる

そこ

焦って先に動いちゃうと、
その瞬間に役割は固定される。

「あの人がやる人」
「自分はついていく人」

悪気はない。
むしろ善意。

でも結果として、

一瞬は楽になる代わりに、
人は育たなくなる。

誰も動かないまま、
少し時間が過ぎると。

だいたい、こうなる。

・仕方なく立つ人
・なんとなく声を出す人
・自分の番だ!と立ち上がる人

理由はどうでもいい。

大事なのは、
その人の中に

「自分がやった」

という感覚が残ること。

そしてそれが、

自信

自分を信じる

になっていく。

 

ここで人は、
急に変わる というか

自信でしか、人は変わらないのかも?!

 

実は

一番試されているのは

相手じゃなくて、
見ている側なのだろう。

このまま崩れるんじゃないか。

だから、
つい手を出す。

でもそれは、

育てたい相手の問題じゃなく、
自分の不安だったりするよね。

 

今日の処方箋(ダメ経営論④)

今日、
一つだけでいい。

「これ、
自分が動かなくても
誰かが動くかもしれないな」

そう思ったら、
少しだけ待ってみる。

何も起きなかったら、
それも事実。

起きたら、
それはたぶん
育った瞬間。

 

最後に

人は、
教えられて育つんじゃない。

育ちたい奴が
育つだけ。

人を育てるのは
人ではなく、

90%以上は環境
なのかもしれない。

農業の90%は土が育ててるように。

人がやれてることなんて、ほんの僅か。

 

これを

「人間の無力さ」にフォーカスする方向ではなく

すべてが繋がって「連動して成り立ってるんだ」っていう

「人間もその一員感」

のほうで解釈していくといいのかも?!

 

なんて思いました。

 

思い通りにならないこともすべて

僕らの大切な肥し・肥料。

すべては
必要なプロセスとして
起きていることと信じて。

(…たぶん、まだ続く)