正直に言うと、
これが一番むずかしい。
何もしないこと。
やれるのに、やらない。
見えているのに、手を出さない。
これは
怠慢でも
放棄でもない。
ただ、
強い不安を伴う。
人は、
気づくと何かしてしまう。
放っておけない。
誰かが困りそうだと、
先に手を出す。
空気が止まると、
つい埋めにいく。
頼まれていなくても。
期待されているかどうかも分からなくても。
・つい、やっちまう
・動いちまう
そして
また、自分がいないと
回らない世界を延長させる。
そして
あー
また休めないじゃん、って。
その世界を作り続けてるのは
自分なのに(笑)
(あ、究極は回るんですけどね。だって、誰かの死後に、世界が止まった試しはないでしよ?(笑)
何もしない=無責任?
そう感じる人は多いと思う。
手を出さないと、冷たい気がする。
見ているだけだと、逃げている気がする。
でも、
よくよく観察してみると
そこには別の感情が混ざっている気がする。
必要とされなくなることへの不安。
身近に、
ほとんど何もしない人がいる。
指示もしない。
管理もしない。
それなのに、
場は回っている。
誰かが考え、
誰かが引き受け、
誰かが育っていく。
そんな光景を見て、
人はふと、思うのかもしれない。
自分、いらなくなるんじゃないか。
早く、自分がいなくても
自分で考え、
自分で動けるようになってほしい!
そう
心から相手に自立を願うのと同時に
100%は離れてほしくない
“少しは必要とされていたい”
こんな気持ちも同時に抱えているのだろう
この二つは、
きれいには両立しない。
多くの場合、
ここで葛藤が生まれる。
でも、それは
しゃーないんだと思う。
だって人間だもの。
両方本当だし
両方尊い本音だから。
何もしない勇気とは、
強さではない。
たぶん、
• 不要になるかもしれない不安を受け入れること
• 出番がなくなる時間に耐えること
• 助けない自分を許すこと
そして、
それでも関係が続くかどうかを
相手に委ねること。
当然、僕の中にも
この恐れは確実にあると思う。
今日の処方箋(ダメ経営論③)
今日、
一つだけでいい。
やれることを、
あえて一つ、やらない。
口出しをしない。
先回りをしない。
肩代わりをしない。
そのあと、
世界がどう動くかを
少し距離を取って眺めてみる。
たぶん、それが一番
落ち着かない。
最後に
何もしない勇気は、
成熟の証だと
簡単には言えない。
多くの場合、
それはただの練習だ。
怖さと一緒に
立っていられるかどうかの。
今日も貼っておこう。
何もしない。
それで崩れる関係なら、
それも一つの現実。
…現実をそのまま
受け入れられる能力って
もしや一番すごいことなのかもね。