48年間の人生の中で、
はっきりと
「天の声」
としか言いようのないものに
導かれた出来事が、
覚えているだけで
5回…いや、10回くらいある。
それは
「聞こえたから従った」というよりも、
逆らうという選択肢が
最初から存在しなかった
という感覚に近い。
行動させられたのか
行動させていただいたのか?
今でも、うまく言葉にはできない。
2022年の春
突然、名古屋への移住を決めたのも
朝方
何者かに叩き起こされるようにして
「今すぐ名古屋に行って、助けなさい!」
という声がハッキリと聞こえたからだ。
……は?
誰を?
何の話?
意味がわからない。
そう思ったはずなのに、
気がつけばその5分後、
恵比寿のマンションの
解約の電話を入れていた。
そして1ヶ月後には
家具をすべて手放し
名古屋へ移住。
今思えば
理屈も計画も覚悟もなかった。
あったのは
「動かない」という選択肢が消えていた、
それだけ。
当時は何もわからなかった。
でも、時間が経つにつれて
不思議なことが重なっていく。
気がつけば
母まで名古屋についてきて
半分住み込みのような状態になり
自然な流れで
介護のお手伝いをさ
せていただく日々が始まった。
億り人…ではなく、
送り人、かもしれない。
昔、母がふと
「私、ああいう仕事向いてるかも」
と言っていたことがあった。
まさか本当に、
親子して
介護と“送り”のお役目を
数年にわたって担うことになるとは
1ミリも思ってもいなかった。
しかしそれは
母子家庭で1人っ子で育った僕が
本来なら経験できなかったであろう
貴重な時間。
たくさんの人と出会い
たくさんの別れに立ち会い
たくさんの「人生の最終章」を
すぐそばで見せていただいた。
正直
大変だと感じることもある。
でもそれ以上に、
これは
お金では買えない
知識でも代替できない
肩書きでも得られない
かけがえのない経験だと
今ははっきり言える。
そして昨日から、
また新たに
自宅完全介護のお手伝いが始まった。
そのお陰様で
少し腰が既に痛い。
何ともいえない
いい痛みだ(笑)
今あらためて振り返る
2022年のあの言葉
「今すぐ名古屋に行って助けなさい!」
あれは何だったのか。
未来人?
ご先祖?
未来の自分?
正体はわからない。
でもひとつだけ確かなのは、
それは誰かからの
明らかなメッセージだった。
もしあの時、
僕が東京に残っていたら
きっと誰か別の人が
この役目を担っていたのかもしれない。
それでも
僕以上の適任者は
たぶんいないよな(笑)とは思う。
何故なら
ここは毎日がカオス。
安らぎとは程遠い世界(笑)
そう考えると
暇で単調なのが嫌いな僕に
宇宙が授けてくれた
最高のミッションなのでしよう。
宇宙の人事部は
いつだって完璧だ😍
あなどるなかれ
天の声❤️