ここは、
僕が前に立つ場所ではありません。
主旋律は、
いつだって
ここに訪れた あなた自身の人生。
僕の言葉は、
それを邪魔しないための
最低限のビート。
たまに、ビートずれますけど(笑)
いつ、だれが、
どんな楽器を奏でてもいいように、
そっと整えておくだけ。
今のところの
僕のお役目みたいです💖
肩書きがあるとすれば、
魂の伴走ドラマー!?(そんなカッコ良くはないかw)
……なのかもしれません。
このブログが生まれた理由
僕の名前に使われている漢字に
「馨」があります。
そして、
もうひとつの候補だった漢字が
「響」だったと、
あとから知りました。
どちらを選んでいたとしても、
小学生には画数が多すぎる
習字泣かせのやつだったことは
間違いありません(笑)
面白いのは、
この二つの漢字を、
両親がそれぞれ
同時に選んでいたということ。
相談したわけでもなく、
打ち合わせたわけでもなく、
なぜか同じタイミングで、
同じ「音の系譜」を
選んでいたらしい。
磬(けい)という、音の正体
さらに調べて知りました。
「馨」も「響」も、
たどっていくと
「磬」という字に行き着きます。
磬は、
古くから使われてきた打楽器。
叩かなければ音は出ない。
でも、叩きすぎれば濁る。
一打で空気が変わり、
音そのものは短いのに、
余韻だけが
長く残る楽器です。
それを知ったとき、
なぜ自分がずっと
ドラムを叩きたくて
仕方なかったのか、
少しだけ分かった気がしました。
僕は、教える人じゃない
ドラムは、
メロディを奏でません。
前に立って、
導く楽器でもありません。
でも、
リズムがなければ
何も始まらない。
場をつくり、
空気を震わせ、
全体を生かす。
僕がずっと言ってきた
「教えない」
「導かない」
「ジャッジしない」
それは思想というより、
あとづけの言葉で、
もしかしたら
この世に生まれて
名前をもらった時点で
決まっていた
役割だったのかもしれません。
俺のアカシック(たぶん)
このブログは、
答えを書く場所じゃありません。
悟りを書く場所でもありません。
ただ、
悩んだ記録。
考えすぎて血迷った記録。
何かに響いて、
残ってしまった余韻。
それらを
そのまま置いてある場所です。
だから、
「俺のアカシック(たぶん)」。
アカシックレコードという言葉は、
少しスピリチュアルに
聞こえるかもしれませんが、
ここで扱っているのは、
目には見えないけれど、
誰もがたしかに感じている
ごく普通のことです。
たとえば、
「デジャブ?」
「はじめてじゃない?」
みたいな感覚。
で、
「あ、だからかー!」
という理由は、
たいてい
あとから追いついてくる。
つながりは、
探したときじゃなく、
気づいたときには
もう始まってたりします。
ここに来たあなたも、
たぶん、
もうその途中。
だから、
このホームページは
「おかえり」で
始まっています。
僕が、
本来の場所へ。
あなたが、
本来の場所へ。
それぞれが、
それぞれの
本来の場所へ。
何かを
思い出したとしたら、
それで十分。
だって、
僕の言葉は
あくまで 伴奏譜 だから♪