今日は、しばらくちゃんと回していなかった会社を、真剣に再構築しようと思って、いろいろ整理してみた。
ファスティング明けからすこぶる頭が冴えて、
まだ小食を続けているからか、
ほんとに仕事がはかどる。
やっぱり、食べると消化に相当エネルギー奪われるのは
本当に本当だと改めて実感。
で、
49年近くなる人生において
いろんな仕事をしてきたけれど、
やっぱり、自分で何かを生み出すって
本当に楽しいし
好きなんだと思う。
結局、
本当に没頭して夢中になっている時って、
頭はキレキレ、
目もぱっちりだし
ご飯のことなんて、忘れてしまう。
人間って、結局のところ、
自分がワクワクしてやりたいことは、
誰に言われなくてもやっているんだよね。
だからやっぱり、
自分が夢中になれるものを持っているって、
それだけで幸せなこと。
でも同時に思うこともある。
その「夢中になれるもの」に出会えるかどうかって、
人生の大きな分かれ道でもあるけど
誰でも出会えるものなのだろうか?!?!
出会える人とそうでない人の違いは何なんだろう。
行動しているかどうか?
出会うべき運命?
探しているから??
それとも
思考回路の違い?
たんなる偶然?運???
タイミング????
正直、いまだに答えは分からない。
でも今のところ思うのは、
たぶん誰にでも
何かしらの種はある
ということ。
ただ、それが最初から
「これです!」
と分かる人もいれば
かなり遠回りしてから
「ああ、これだったのか」
と気づく人もいる。
違いがあるとすれば、
やっぱり少しは動いているかどうか、
そこは大きいのかもしれない。
動かなければ、
出会う確率そのものが減るから。
でもそれだけでもない気がする。
同じ出来事に出会っても、
「面倒くさい」で終わる人もいれば、
「なんか気になる」と拾う人もいる。
夢中になれるものって、
案外その
“なんか気になる”
の中に隠れているのかもしれない。
あとはやっぱり
人との出会い。
環境との出会い。
タイミングとの出会い。
自分ひとりでは
絶対に開かなかった扉を、
人が開けてくれることってある。
とはいえ
「出会える運命」と
「出会えない運命」が
最初から全部決まっているのかというと、
そこもまた、僕には分からない。
むしろ、
出会っているのに、
まだそれと認識できていないだけ、
ということのほうが多いのかもしれない。
その時はピンと来なくても、
あとから振り返ったら
「あれが始まりだった」
ってこと、人生には結構ある。
そう思うと、
夢中になれるものって、
探し当てるものというより、
動きながら、感じながら、
あとから輪郭が見えてくるものなのかもしれない。
どっちかって言うと
最初から
「これが運命です」
と出会うんじゃなくて、
続けたから運命になった。
関わったから深まった。
育てたから宝物になった。
そんなことも、きっと多い。
だから今のところの僕の答えは、
みんなに種はある。
でも、それが芽を出すかどうかは、
動くこと、感じること、続けること、
そして出会いを受け取ること。
その全部が重なった時なのかもしれない。
相変わらず答えはわからないけど
答えが簡単に出ないからこそ、
人生は面白いし
明日を生きる意味があるのかも?!
たった一人との出会いで
360000度くらい人生ってあっという間に
変わったりするもんだし。
ね!