今日は、
ひとつ覚悟を決めれた日。
作りたいのは
ファンの数じゃない。
新しい文化。
新しい文明。
増やしたいのは
ファンじゃなく
実践者。
ファンは消費する。
実践者は生み出す。
ファンは拍手をくれる。
実践者は一緒に汗をかく。
ファンは「いいね」で終わる。
実践者は
「自分もやってみました」
で始まる。
エネルギーを生むのは後者。
文化になるのも後者。
でも
ファンを否定しているわけじゃない。
必ず、ファンも必要だ。
100%実践者だけの世界なんて
きっと、どの時代にも存在しない。
それはたぶん
宇宙の摂理みたいなもの。
実践者が増えることで
ファンも増える。
そしてファンは
実践者を後押しする
大きなエネルギーになる。
前に立つ人と
支える人。
どちらが欠けても
文化は広がらない。
だからまずは
実践者を増やす。
火を灯す人を増やす。
それがやがて
連鎖し
いわゆる
“101匹目の猿現象”のように
ある瞬間、
空気が変わり
常識が変わる。
文明が変わる。
どの業界も
組織も
会社も
商品も
絶対はない。
どれだけ広がっても
どれだけ大きくなっても
いつかは
なくなるかもしれない。
形あるものは、必ず変わる。
じゃあ、そのとき
何が残るのか。
売上?
肩書き?
地位や名誉?
たぶん、残らない。
残るのは
生き方
価値観
磁場
エネルギー
あの人と出会って
勇気が湧いた、とか。
あの場にいたから
一歩踏み出せた、とか。
その連鎖こそが
文化になる。
会社や母体があるから
残るんじゃない。
実践者が
それぞれの場所で
実践し続け
生き続けるから
それが広がり
それが残り
やがて
新しい文化になる。
もし、いまある
すべての形が消えたとしても
そのとき世の中が
今よりも
少しだけ自然と共にあって
少しだけ「命」を大事にしていて
少しだけ希望に満ちていたら
それがすべて。
それが残ったなら、十分だし
それを残せないなら
あまり意味は
ないのかもしれない。
僕はきっと
本質的には
「消えても残るものをつくりたい」
という動機で
動かされているのだと
今日は深く気づいた日。
この先の生きる理由が
少しだけ明確になり
今までよりも静かだけど
ずっと深いところで
ある覚悟ができた❤️